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痛みのコラム

特集1痛みを伝える

医療現場で使われる
『日常語』に潜む危険

慶應義塾大学
杉本 なおみ

都会から遠く離れたある病院。長年かかりつけの患者さんが、手術の必要な病気になりました。「でも安心してください。この病気ならウチでも十分標準的な治療が受けられますから。わざわざ遠くまで行く必要はありません」と笑顔で説明する医師。ところが翌日、「都会に嫁いだ娘が向こうで手術を受けろというので。先生には申し訳ないのですが…」と患者さん。
「みなさんどうも大病院志向が強くてね。手術となると都会に行ってしまうのです。まぁこういう医療制度ですからしかたがないのでしょうけれど。医療の質ではウチも決して引けを取らないはずなのに…」と担当医は残念そうな様子です。

実はここには、大病院志向や医療制度だけでなく、「標準」ということばの使い方の問題が隠れています。医師は、これを(都会の大病院にも負けない)「現時点で提供しうる最良の」という意味で使うことがあります。ところが患者さんの側は、通常これを「平均的な、最低限の」と理解し、「田舎の病院は所詮その程度なのか。そんなところで手術を受けるのは怖いから、やはり都会の大きな病院に」となるわけです。
この誤解の原因のひとつは「メッセージ」そのものです。つまり、「最良の」という「意味」をこめた「標準的」という表現です。さらに、それがたまたま地方の小さな病院だったという「コンテクスト」が、患者さん側の「記号解読」に影響し、「最低限の」と解釈されました。これが「この病院では手術を受けない」というフィードバックを招きます。もちろんここには「大病院の方が安全に違いない」という患者さん側の思い込み(心理的「ノイズ」)も作用しています。

患者さんに対し、いきなり説明抜きで「苔癬状粃糠疹」のような難解な医学用語を使う医療者はまずいないと思います。また、たとえそんなことがあったとしても、あまりにもなじみのない言葉であるために、「一体何のことですか?」と患者さんが聞き返すのも抵抗が減ります。それよりも、日常的によく耳にするにも拘わらず、医療現場では一般的な意味とは離れて使われる「標準」のような表現の方が、はるかに大きな誤解を招く危険を孕んでいます。一年後、この病院で手術を受ける患者さんが増えました。「最近はここでも最先端の治療が受けられるようになって」とうれしそうな患者さん。実は最近変わったのは、病院の設備でも医療者の技術でもなく、それを説明する「ことば」だったのですが。

引用元:オノマトペラボ

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総監修:
日本大学総合科学研究所 教授 小川 節郎 先生